井原市の歴史は新町から始まる?

こんにちは。

井原市地域おこし協力隊です。夏もいよいよ本番、外のセミが鳴き声がひっきりなしです。

本日はタイトル通りのお話をしていきたいと思います。

我々商店街協力隊は商店街地域にお住いの方、井原市の歴史に大変詳しい方々とお話したり、資料をお借りしたりすることが多いのですが、そう言った方々に井原のデニム商業の起こりに詳しい方がいまして、そのかたのお話が大変興味深く、それをもとにお話ししていきます。

岡山のジーンズといったら倉敷の児島ですよね?実際行くとデニムストアがブティック的に営業されていますね。アーケードにジーンズがぶら下がったりして唖然としますが、ここがデニムの中心なのだなあと思います。

そこから遥か西、山に囲まれた井原でどのようにデニムが製造され、流通されるようになったか。答えは井原を流れる大河川小田川にあります。なんと江戸時代に隆盛していた藍染は、海に面したエリアから、はるばる小田川を遡上して井原までやってきておりました。

当然、商業の中心は沿岸部、大河川沿いですから、なるほど小田川に面した新町が産業の中心、橋を挟んで向町が旅の疲れを癒す場所であったこともしっくりきます。

ここでタイトルに戻るのですが、この新町、実は300年近い歴史を持つ商店街だということを伺っております。当時は江戸時代ですから県や市はなく今、井原と呼んでいる部分は池田藩地なのです。

井原のはどこから来た文字なのでしょう?皆さんよく見る井戸の井ですが、実はここに藍染めと井原市の由来の関連があるといいます。

即ちという漢字は繊維のが重なった文字であり、そのようにみるべきであると。これを聞いたとき「あー、なるほどね」とすっきり腑に落ちました。(ちなみにの漢字の由来は井桁であり、住友グループシンボルマークはをもじったものです。)そしてとてつもなく長い300年という歴史、新町が藍染め産業の中心であったというお話から考えると、井原市は新町は中心に形成されたということも素人目には十分納得いく話でした。実際井原市の住宅は商店街を中心にじわじわと同心円状に増えていったという記録も見たことがあります。

いかがでしたでしょうか?ちょっぴり、へーと思っていたら書いた甲斐がありました。

反証資料等は今、手元にありませんが、歴史通のかたや資料、口承をもとにつづってみました。小田川の桜堤を歩きながら、当時に思いを馳せ、新しいカフェやデニムストアで新町の方々と話してみるのはいかがでしょうか?

お読みくださりありがとうございました。

草々

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です